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第一章 過去と現在が交差する9

last update Last Updated: 2025-01-09 16:22:58

   *

予定通り、COLORのマネージャーさんが来社した。

会議室で打ち合わせと交渉をする。私も同席させてもらい勉強する。これから私もこのような仕事をして行かなければならないのだ。

「池村春子〈いけむらはるこ〉と申します」

名乗ってくれた女性は、二十代後半というところだろうか。しっかりしている印象だ。

交渉金額は八千万円で、頭がくらくらする金額である。芸能人ってすごすぎる。

「先日企画書をお送りさせていただいたのですが目を通していただいたでしょうか? ぜひ、紫藤大樹様にお願いしたいと思います。リッチなマンゴープリンなんで、ちょっぴり贅沢したい日に食べるというコンセプトなんです」

熱く語る杉野マネージャーの言葉を池村マネージャーは冷静に話を聞いている。一通り説明を終えたところで池村マネージャーはしっかりとうなずいた。

「そうですね。では、ご提示された金額で受けたいと思います」

「ありがとうございます」

私も頭を深く下げる。

「ただ一つ問題がございまして。スケジュールですが……。かなり埋まっていて厳しい状態なんです。来週末で調整してもらえるならぜひお願いしたいのですが」

池村マネージャーは手帳を確認しながら淡々と言う。

えっ、そんないきなり無理でしょ!

CM撮影は、スタジオバージョン、沖縄バージョンに分かれている。

パッケージに使う写真の撮影もあり、やることがてんこ盛りだ。

さすがに杉野マネージャーは断るのではないかと私は予想したが、このまま話を進めたのだ。

「了解しました。打ち合わせは……」

言いかけたところで池村マネージャーが制する。

「申し訳ありません。今伝えたスケジュールの中で打ち合わせも込めてやってくださらないと無理です。紫藤はどんなに忙しくても週に一度、休みを与えないとストレスが溜まって体に影響が出てしまうのです」

あぁ……大くんらしい。彼は気まぐれの猫のようにマイペースだった。

「なるほど。ではタイトなスケジュールになると思いますが、いただいた二日間で終わるようにいたしますので、どうぞよろしくお願いいたします」

交渉が終って会社の玄関まで池村マネージャーを見送ると、杉野マネージャーはため息をついた。

CM一本八千万ももらったら、人間らしい生活なんてできないだろうな」

「そうですね」

エレベーターホールに向かいながら、会話を続ける。

「ということで、来週末は出張な」

「え?」

「俺と初瀬はCM撮影中もお供すんの。社長のリクエスト通りやってもらうように、芸能人に頭を下げるんだ。初瀬と俺は『リッチマンゴープリン』の担当者なんだから当然だろう?」

エレベーターのドアが開いたが、床に足がくっついてしまったかと思った。金縛りのようにその場から動けなくなった。

だって、大くんに会うってことだよね。信じられない。

もう一生会うことはないと思っていたのに。

運命のいたずらが決行される時は、すぐそこまでやってきていたのだ。

「申し訳ありませんが、今回ばかりは担当から外してもらえませんか?」

「は? なんで?」

「その、無理なんです……あのっ……」

言葉に詰まってしまう。正直に言えるはずがない。

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    そんなことを考えながらスマホを眺めていると……「彼氏から?」同僚がニヤニヤしながら質問してくる。興味津々という感じだ。「まぁ、そんな感じです」私は曖昧な返事をした。人には言えない恋。「どんな人? 誰に似てるの?」身を乗り出し聞いてくる。赤坂さんは赤坂さんであり、他の人に似ているとかない。好きな人が芸能人だとこういう時に、答えに困ってしまう。「そうですね……。うーん……」彼のことを気軽に話せないのが、たまに苦しい。もし週刊誌に撮られてしまっては、赤坂さんだけではなく、COLORのメンバーを傷つけてしまう。そうなると大変だ。自分のせいで迷惑だけは、かけたくない。ちゃんと親の許可を得て結婚するまでは誰にも言えない。外で堂々と会うのも、本当に気をつけなきゃ。『足の怪我が治ってからにしよう』返事をすると、すぐに返事がきた。『すぐ治る。だから、スケジュール聞いておけ。命令』相変わらず、俺様なんだからと……思いつつ、私はキュンとしてしまう。俺様だけど、甘えん坊なところもあるから、私がしっかり支えなきゃ。でも、まずは、両親に報告するのが先だよね。早く一緒に住める日がくればいいな。愛している人とずっとそばにいたい。でも……やっぱり両親のことが不安でたまらなかった。

  • 秘めた過去は甘酸っぱくて、誰にも言えない   完結編・・・第一章1

    久実side年末年始をゆっくり休んで、仕事が始まり、そろそろ二週間になろうとしている。赤坂さんと心も体もつながり幸せな毎日で……なんだか夢みたい。夢でありませんようにと、毎日思いながら眠りにつく。私は、ずっと逃げていた。赤坂さんと交際することはいけないことだと思っていたから。けれど、美羽さんから勇気をもらったおかげで、気持ちを伝えられたのだ。お互いの気持ちがしっかりとわかったので、これからは二人で協力してさらに前進していこうと決意していた。今の私にできることは仕事を頑張ること。そして両親に結婚を認めてもらう。そんな気持ちで、今日も、元気いっぱい仕事をしている。パソコンに向かって書類を作りっているのに、ついつい私は赤坂さんのことを思い浮かべて、胸を熱くしていた。……会いたいな。昼休みになり会社近くのカフェで同僚とランチをしていると、赤坂さんからメールが届いた。『久実の両親に早く会いたいんだけど、スケジュール確認してくれたか?』赤坂さんはスネにヒビが入りまだ松葉杖をついて仕事をしている。もうすぐ杖を使わなくても、普通に歩けるようになるらしい。大変な怪我じゃなくてよかったけれど、また怪我をしないか心配になる。私の両親に挨拶をしたいと言われているが、なかなか両親に言い出せない。でも、一歩踏み出さなきゃ、赤坂さんとの未来は開けないのに。両親の反応が怖い。せっかく、ここまで頑張ったのだから勇気を出さないと、本当の幸せは手に入らないよね。

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